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船舶無線設備の保守の重要性と種類、法的な義務について分かりやすく解説

船舶に搭載される無線設備は、単なる通信手段にとどまらず、万一の事態における命綱ともいえる重要な機器です。船舶無線には法律によって定められた保守義務があり、これを怠ることは機器の不調を見逃すだけでなく、重大な法的責任を問われる可能性もはらんでいます。
この記事では、船舶無線の基本的な役割から、なぜ保守が不可欠なのか、どのような法的義務があるのか、そして具体的な保守・点検の内容に至るまで、専門的な知識がない方にも分かりやすく解説します。
船舶無線とは
船舶無線とは、海上での通信を目的として使用される無線設備全般を指します。まずは、船舶無線の主な種類と役割について解説しましょう。
国際VHF無線電話(国際VHF)
船舶無線と聞いて多くの方がイメージするのが、この国際VHFかもしれません。これは、数十キロメートル程度の比較的近距離の通信に使用される無線設備です。主な用途や役割は、以下の通りです。
船舶相互間通信
他の船舶と直接通信を行い、航行の安全(進路の確認、衝突予防など)を図ります。
船舶と海岸局との通信
港の管理事務所(ポートラジオ)や海上保安庁など、陸上の海岸局と連絡を取り、入出港の調整、気象情報の取得、航行警報の受信などを行います。
遭難・緊急・安全通信
特定のチャンネル(チャンネル16)は、世界共通の遭難・緊急呼び出し用として割り当てられています。万が一の海難事故発生時、このチャンネルで救助を求めることで、付近の船舶や海上保安庁に迅速に事態を知らせることが可能です。
短波(SSB)無線装置/中短波(MF/HF)無線装置
VHFが近距離用であるのに対し、これらの無線装置は電離層での反射を利用することで、数百キロメートルから数千キロメートル、あるいは地球の裏側とも通信が可能な遠距離通信用です。
中小規模の事業者様や個人オーナー様の場合、航行区域が沿岸に限られる場合は搭載していないことも多いですが、遠洋に出る場合は必須の設備となります。主な用途や役割は、以下の通りです。
遠洋航行時の通信
太平洋や大西洋を横断するような大型商船や遠洋漁船が、陸上の海岸局や他の遠距離の船舶と通信するために使用します。
気象情報の受信
遠距離から送信される詳細な気象ファクシミリ情報などを受信するためにも用いられます。
GMDSS(全球的海上遭難安全システム)関連機器
GMDSS(Global Maritime Distress and Safety System)は、1999年から全世界で実施された、船舶の遭難・安全に関する世界的なシステムです。これは単一の無線機ではなく、複数の機器で構成されています。
DSC(デジタル選択呼出)装置
VHFやMF/HF無線機に組み込まれている機能で、ボタン一つで遭難信号(自船の位置情報を含む)を自動的に発信できます。
EPIRB(イーパブ:衛星非常用位置指示無線標識装置)
船舶が沈没するなどした場合に、自動または手動で起動し、衛星(コスパス・サーサット衛星)経由で遭難信号と位置情報を全世界の救助機関に送信する装置です。
SART(サート:捜索救助用レーダートランスポンダ)
遭難現場において、救助に来た船舶や航空機のレーダー電波に応答信号を返すことで、自らの位置(救命ボートなどの位置)をレーダー画面上に表示させる装置です。
NAVTEX(ナブテックス)受信機
航行警報や気象警報など、航海の安全に必要な情報を自動的に受信し、紙や画面に表示する装置です。
船舶無線の保守の重要性
船舶無線は、「いつでも確実に機能する状態」に保たれていることが絶対条件です。
しかし、船舶という環境は塩害(塩分による腐食)、温度や湿度の変化、振動や衝撃、紫外線などにさらされ、無線機器にとって非常に過酷です。こうした状況で性能を維持し続けるために、保守の重要性は陸上の機器とは比べ物にならないほど高くなります。
定期的な保守・点検を怠ると、次のようなリスクが考えられます。
緊急時に機能しない(遭難通信ができない)
「エンジントラブルで漂流した」「火災が発生した」「船体が浸水し始めた」といった一刻を争う事態で救助を呼ぼうとしても、「マイクのボタンを押しても電波が出ない」「雑音しか聞こえず相手の声が聞き取れない」「アンテナが折れて通信不能だった」という事態に陥りかねません。乗組員や同乗者の生命に直結する問題です。
航行の安全情報が受信できない
保守不足により受信感度が低下していると、本来受信すべきであった重要な情報を聞き逃す可能性があります。その結果、危険な海域に進入してしまったり、座礁や衝突、転覆といった二次的な事故を引き起こしたりするリスクが高まります。
法的義務違反による罰則
後述しますが、船舶無線(特に義務船舶局)には法律で定められた点検義務があります。これを怠った場合、法律違反として罰則が科される可能性があります。事故が起きていなくても、検査の際に保守不備が発覚すれば処分の対象となり得ます。
修理コストの増大
アンテナコネクタの緩みや軽度の腐食といった軽微な不具合であっても、放置することで状態が悪化し、最終的には機器本体の交換が必要になることがあります。定期的な保守で早期に発見・対処していれば少額の費用で済んだはずが、放置した結果、数十万円から数百万円といった高額な修理費用が発生するケースも珍しくありません。
船舶無線の保守は「壊れたら直す」という考え方ではなく、「壊れる前に不具合の芽を見つけて常時完璧な状態を維持する」という予防的な観点が不可欠です。
船舶無線の保守の法的義務について
船舶無線の保守は、単に安全のために推奨される「任意」のものではなく、多くの場合、法律によって厳格に定められた「義務」です。特に、一定の条件を満たす船舶に開設される無線局(義務船舶局)については、電波法や船舶安全法といった法律に基づき、定期的な検査や保守が義務付けられています。
日本の電波法では、無線局が法律で定められた基準(電波の質、周波数、空中線電力など)に適合しているかを確認するために、検査制度を設けています。船舶に設置された無線局(船舶局)も当然この対象です。
電波法や船舶安全法によって、無線設備の設置が義務付けられている船舶の無線局を「義務船舶局」と呼びます。義務船舶局は、原則として毎年1回(船舶安全法に基づく中間検査と同時に受ける場合はその周期ごと)、総務省(総合通信局)または国が認定した「登録検査等事業者」による定期的な検査を受けなければなりません。
この検査では、「無線設備が技術基準に適合しているか」「正しく操作できる状態か」「予備品は備え付けられているか」など厳しくチェックされます。この定期検査に合格しなければ、その無線局を運用することはできません。
一方で、法律で設置が義務付けられていない船舶に任意で設置する無線局を「任意船舶局」と呼びます。任意船舶局には、上記の定期検査の義務はありません。
船舶安全法においても、無線設備は重要な「船舶施設」の一つに位置づけられています。船舶安全法では、船舶の種類や大きさ、航行区域に応じて、搭載すべき無線設備(GMDSS機器など)を定めています。
義務を怠った場合の罰則
法的義務を怠った場合、厳しい罰則が科される可能性があります。自船の無線設備が「義務」なのか「任意」なのか、そしてどのような検査・保守義務を負っているのかを正確に把握し、法令を遵守することが極めて重要です。
電波法違反
定められた検査を受けずに無線局を運用した場合、「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」に処せられる可能性があります(電波法第110条など)。
また、総合通信局から無線局の運用停止や、免許の取消しといった行政処分を受けることもあります。
船舶安全法違反
検査に合格していない船舶(無線設備の不備を含む)を航行させた場合、「1年以下の懲役または50万円以下の罰金」に処せられる可能性があります(船舶安全法第28条など)。
船舶無線の保守・点検の内容
では、船舶無線の保守・点検とは、具体的にどのようなことを行うのでしょうか。
登録点検事業者などの専門の保守業者が行う点検は、多岐にわたる測定と確認作業を含みます。これらの点検作業は、専門的な知識、技術、そして高価な測定器を必要とします。だからこそ、船舶無線の保守は信頼できる専門の保守・点検事業者に依頼することが、安全運航と法令遵守のための最も確実な方法なのです。
ここでは、保守・点検の主な内容を解説します。
アンテナ系統の点検
船舶無線において、アンテナは電波の出入り口となる重要な部分の一つです。屋外の過酷な環境に設置されているため、点検も入念に行われます。
外観確認
- アンテナエレメント(素子)に曲がり、折れ、亀裂、著しい腐食がないか
- VHFアンテナのグラスファイバー製の筐体にひび割れ(クラック)がないか
- アンテナを船体に固定している基台の緩み、ガタつき、重度の発錆がないか
- 絶縁体に塩分が付着したり、破損したりしていないか
…など
同軸ケーブル(給電線)の点検
- アンテナから無線機本体までをつなぐ同軸ケーブルに、紫外線劣化によるひび割れ、擦れによる被覆の破れ、過度な折れ曲がりがないか
- ケーブルがマストや船体に適切に固定されているか
…など
コネクタ(接続部)の点検
- 振動で緩んでいないか
- コネクタ内部に水分が侵入し、青緑色の錆(緑青)が発生していないか
- コネクタ部分に巻かれている防水テープ(自己融着テープなど)が劣化したり、剥がれたりしていないか
…など
無線機本体および関連機器の点検
ブリッジやキャビン内に設置されている無線機本体や、関連する機器の点検です。
外観・設置状態
- 無線機本体がブラケット(取り付け金具)に確実に固定されているか、振動で緩んでいないか
- 本体や操作パネルに著しい汚れ、損傷、腐食がないか
…など
電源系統の点検
- 無線機につながる電源ケーブルの配線状態(擦れや断線、端子の腐食)の確認
- 規定の容量のヒューズが正しく装着されているか、ヒューズホルダーに腐食がないか
- 無線機に供給されている電圧が正常範囲内にあるか
- GMDSS設備などの予備電源(専用バッテリー)が正常に充電されているか
- 液漏れや端子の腐食がないか
- 使用期限(寿命)を過ぎていないか
…など
操作部・機能確認
- 電源スイッチ、音量ツマミ(ボリューム)、スケルチ(雑音抑制)ツマミ、チャンネル切り替えダイヤルなどがスムーズに動作するか
- 接触不良(ガリ音など)がないか
- 液晶表示が欠けたり暗くなったりしていないか
- 夜間照明(イルミネーション)が正常に点灯するか
- ハンドマイクのボタン(PTT:Press To Talk)を押した際に、正常に送信状態になるか
- マイクに向かって話した音声が、変調(音声が電波に乗ること)されているか
- スピーカーから正常に音声(雑音や受信音)が出るか、音割れなどがないか
- マイクケーブルの根元(カールコード)に断線や接触不良がないか
…など
専門測定器による性能測定
見た目や簡単な操作確認だけではわからない、無線機本来の性能が維持されているかを、専門の測定器(無線機テスター、周波数カウンターなど)を用いて定量的に測定します。
送信出力(空中線電力)の測定
- 無線機が規定通りの強さ(例:VHFなら25Wまたは1W)で電波を送信できているか
- 送信している電波の周波数が、割り当てられたチャンネルの周波数からズレていないか
- 音声信号が正しく電波に乗っているか(変調がかかっているか)
- アンテナとケーブルが電波に対してどれだけ整合(マッチング)しているか
…など
GMDSS機器の固有の点検
GMDSS設備(義務船舶局の場合)には、上記に加えて以下の点検項目があります。
EPIRB(衛星非常用位置指示無線標識装置)
- EPIRBの長寿命バッテリーが有効期限内か(通常4~5年)
- 船舶沈没時にEPIRBを自動的に浮上させるための装置(水圧センサー式)が有効期限内か(通常2年)
- 機器本体のテストボタンを押し、バッテリー残量やGPS機能、送信機能(テスト信号)が正常に動作するか
…など
DSC(デジタル選択呼出)機能のテスト
- 遭難信号や一般呼び出しが正しく送信・受信できるか
- 自船の識別信号(MMSI)や位置情報(GPSと連動している場合)が、正しく設定・送信されるか
- SART(捜索救助用レーダートランスポンダ)のバッテリーが有効期限内か
- セルフテスト機能を実施して正常に応答動作をするか
…など
まとめ
船舶無線は、広大な海上において陸上や他の船舶との通信を確保し、万が一の事態における安全を守るための「命綱」です。特に、携帯電話の電波が届かない洋上では、航行の安全情報の入手や緊急時の救助要請に不可欠な設備となります。
しかし、船舶無線機器は、塩害、湿度、振動といった海上特有の過酷な環境に常に晒されており、陸上の機器に比べて格段に劣化しやすい特性を持っています。保守を怠ると「緊急時に機能しない」「情報が受信できない」といった重大なリスクにつながるだけでなく、修理コストの増大も招きます。
さらに、一定の条件を満たす船舶(義務船舶局)には、電波法や船舶安全法に基づき定期的な検査と保守が法的に義務付けられています。この義務を怠った場合、懲役や罰金といった厳しい罰則の対象となる可能性もあります。
専門家による保守・点検では、アンテナやケーブルの腐食・破損の確認、無線機本体の機能点検に加え、送信出力や周波数、アンテナ整合性(SWR)といった性能を専門の測定器で厳密にチェックします。これにより、不具合の早期発見と予防的な対処が可能となります。
船舶の安全運航と法令遵守を実現するには、信頼できる専門業者による定期的な保守・点検を計画的に実施することが極めて重要です。
